エッセイ・小説

【創作小説】風見鶏【vol.14】

迷い

すっかり日は落ちて、あたりは薄暗くなっていた。

何もなかったかのように、家路についた私。

彼もまた、落ち着きを取り戻し、彼の日常へと帰っていった。

ただし、これまでとは違う。

私は彼の本当の名を知っているし、彼も私の名を知っている。

いつでも呼び合い、手を触れることもできる。

夫から受け取ったスマートフォンでの連絡は避け、当面は彼から借りた電話を使うことになった。

彼、タクミは私との待ち合わせの前に、会社から一台、業務用のものを持ち出していたのだ。

タクミは彼の父の経営する会社で働いているため、多少の自由は利くのだと言う。

なんとも用意周到だった。

「あ、いけない」そうだ、夫からもらったスマートフォンをずっとオフにしていた。

急な仕事の呼び出しで飛び出していったが、何かしらの連絡が入っているかもしれない。

私が電源を切ったままにしていることが分かったらまずい。

焦る気持ちを抑えつつ、バッグを探り、スマホを取り出し、電源を入れる。

光が灯るまでの時間が妙に長く感じる……そして、メールが一件。

夫からだった。

「今日はちょっと帰れない」

肩の力が抜け、ため息をつく。

よかった、私が外出していたこともバレてはいないらしい。

「ふう…」

しかし、これから私はどうしたら良いだろうか。

タクミと現実でつながってしまった。

今日のことは勢いだった部分もあるが、私はずっと彼に惹かれていたのだ。

彼の方も憎からず思っているに違いない。

とは言え、今のこの状況はとてもまずい。

私は結婚している身であり、許されない関係だ。

それならば、今からでも離婚を申し出て、私が独り身になればいい。

タクミとの関係がどうなっていくかは分からない。

タクミの元妻であり、私の友人でもあるミサキのこともある。

二人は今でも親しい友人関係のようなものを築いているらしい。

私は彼らのいる世界では歓迎されないだろう。

だが、それでもいいと思っていた。

抑圧された希望や欲望、箱庭に閉じ込められたような生活。

今日味わった自由によって、その息苦しさに気づいてしまった。

 

だが、夫は簡単に引きさがってくれるだろうか。

もし私が離婚を言い出したら、とんでもないことをしそうな気がする。

なんとなく寒気を覚え、自分の肩を抱く。

とにかく、家へ戻った方がいい。

明かりが灯る窓

自宅が近づいてきたところで、ふと違和感を覚えて足を止める。

窓から室内の明かりが漏れていた。

誰かいる?

夫が帰っているのだろうか?

私が出て行ったのは、まだ日の高いうちだった。

そのため、明かりは付けていないはずだ。

夫はいつ帰ってきたのだろう。

さっきのメールが、私を油断させ、遊び歩かせるためのフェイクのようにさえ見えてきた。

無意識のうちに私は髪に手をやり、手ぐしで乱れを整える。

大丈夫、きっとうまくごまかせる。

鍵を取り出し、そっと玄関の戸を開けた。

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